前回の「中小企業白書を読み解く①」では、中小企業の概況とともに、売上と利益の関係性について解説しました。
とくに、付加価値を高めるうえで重要な以下の3つの要素に着目しました:
- 営業利益(経常利益、コスト)
- 減価償却費(=設備投資の反映)
- 人件費
中小企業白書を読み解く①では営業利益、つまりコスト構造や利益率の観点から中小企業の現状を確認しました。 本記事(後編)では、設備投資、人件費の動向を取り上げ、それらが付加価値創出にどう影響しているのかを探ります。
設備や人材は、企業が価値を生み出すための中核的な経営資源です。
経営戦略やビジネスモデル、バリューチェーンを強化するうえで、どのように「人」と「設備」に投資しているかを把握することは極めて重要です。
設備投資の格差が広がる──企業規模別の傾向
以下のグラフは、企業規模別にみた設備投資額の推移を示しています。
図:設備投資額の推移(企業規模別) ※出典:中小企業白書2025年版より
グラフを見ると、大企業の設備投資は近年明確に増加傾向にあります。
2023年度には24.5兆円に達しており、デジタル化や省力化投資が進んでいることが伺えます。
一方、中規模企業はおおむね横ばい、小規模企業は微減傾向です。
2023年度の設備投資額はそれぞれ、中規模企業12.8兆円/小規模企業4.2兆円にとどまっています。
次に紹介するのは、ソフトウェア投資比率の推移(企業規模別)です。

図:ソフトウェア投資比率の推移(企業規模別) ※出典:中小企業白書2025年版より
このグラフからも明らかなように、大企業は着実にソフトウェア投資比率を高めているのに対し、中小企業は依然として水準が低い状況が続いています。
止まらない人手不足──従業員数過不足DIの実態
こちらのグラフは、企業規模別に見た「従業員数の過不足DI(人手不足感)」の推移を示しています。
DI(Diffusion Index)は、「不足」と答えた企業の割合から「過剰」と答えた企業の割合を引いたものです。

図:従業員数過不足DIの推移(企業規模別) ※出典:中小企業白書2025年版より
グラフを見ると、どの規模の企業でも人手不足が長期的に続いていることがわかります。特に中規模企業の不足感がもっとも強く、2020年代に入ってからは小規模事業者でも不足DIがマイナス30近くまで悪化しています。
こうした状況を受けて、最近では外国人材の採用や副業人材の活用、地域間連携など、多様な働き方・雇用形態を受け入れる動きが広がっています。これは、単なる「人手確保」ではなく、企業の持続性や多様性(ダイバーシティ)を高める重要な経営課題とも言えるでしょう。
一方賃金の方がどうでしょう
まずはこちらのグラフをご覧ください。
春季労使交渉による賃上げ率(全規模/中小企業別)の推移です。
図:賃上げ率の推移(春季労使交渉) ※出典:中小企業白書2025年版より
2024年は、中小企業で5.10%、全体で4.45%という非常に高い水準に達しています。
これは、政府の積極的な賃上げ政策(賃上げ促進税制など)などの効果が現れたものと考えられます。
30年ぶりの高水準ですが、これは「実質的なベースアップ」か、「一時的な手当増」かを慎重に見極める必要もあります。
中小企業の現状を俯瞰で見る──物価高時代に求められる構造転換
ここまで、中小企業の売上・利益・人材・賃金など多角的な視点で実態を見てきました。
それらを踏まえると、現在の物価高騰を背景に、国が中小企業に求める方向性が明確になってきます。
◆ 家計目線:「賃上げを通じた生活の安定」
家計の視点から見ると、物価高によって生活費が圧迫されるなか、一定のインフレを容認しつつも、持続的な賃上げによって可処分所得を守るという方向性が求められています。
中小企業白書でも、中小企業の給与水準を底上げする必要性が繰り返し強調されています。
◆ 企業目線:付加価値を高め、賃上げの原資をつくる
では、企業側はどうすればよいのか?
その答えが「付加価値の増加を通じた賃上げの実現」です。
中小企業が取るべき方針は次の2点に集約されます:
- 価格転嫁による利益確保
→ 物価高を製品・サービス価格に適切に反映させる(価格転嫁力の強化) - 設備投資による生産性向上
→ デジタル化・自動化などを通じて効率化し、原価を抑え付加価値を高める
以下は、それらの構造を中小企業と家計の連動構造として整理した図です。
まとめ
今回の記事では、中小企業白書2025のデータをもとに、中小企業の付加価値構造や賃上げの現状を深掘りしました。見えてきた主なポイントは以下の通りです。
現状分析のポイント
- 売上は回復傾向だが、利益・生産性は横ばい
- 設備投資やソフトウェア投資は大企業と大きな差がある
- 人手不足は深刻で、特に中規模企業に強く現れている
- 賃上げ率は大きく改善しているものの、給与水準の格差は依然残る
付加価値向上のカギ
- 価格転嫁により適正な収益を確保する力を強化
- 生産性向上のための設備・デジタル投資を進める
- 人件費を「コスト」ではなく「成長の源泉」ととらえる発想転換が重要
家計と企業はつながっている
- 企業の付加価値向上→賃上げ→家計の安定という構造が求められている
- 中小企業の経営改善は、そのまま地域経済や消費活動の土台になる
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